2011-9-6
こうやってSMなどのブログを書いてはいるが、昨今はM女を所有していない。(実際の生活でも未婚である)確かに一時はメールなどでSM調教希望女性から依頼や変態志願女性から頂いたことはあるが、ブログを一時停止してからは全くない。
全くSMから遠ざかると色々鈍るということを実感してはいるが、SM談義もたまには話せないかと思ったりもする。そういう時は2ショットダイヤルを利用している。
私がよく使っているのは、タランテラもたまに掛けてはみるが、あまりつながらないことの方が多いので、「SMバレンタイン」という回線を使うことの方が多い(ちなみにSMバレンタインはMAXグループである)
S男性なら「SMバレンタイン」をご存じであろう。料金は1分100円ではなく、ポイント制となってはいるが、時間に換算すると40~50秒ごとに100円と割高なダイヤルである。もちろんレディコミにも掲載しており、女性とはすぐにつながる。
お気づきであろう。この回線はほぼ「サクラ」もしくは「女性向けオナニー」対象で、実際に会うといったつながりはほとんどない。全くないとは言えないが、大半であろう。約10年前の2ショットダイヤルは出逢い目的、パートナー目的が盛んで、繋がった相手と話をし、気が合ったりすればお互いの個人情報交換までいき、実際に会って繋がりがもてることだったが、数年前からは数十分相手と会話するとお金がもらえるといった「チャットレディー」と評した記事がレディコミ掲載が多くなり、そういった女性の参加が増えている。
もちろん今から始まったことではない。でも、解ってSM回線2ショットダイヤルを掛ける。気分を変えるためでもあるが、相手はアルバイトなどだとはなから思って掛けることで、電話での一期一会を楽しんでいる。
相手はどういった人で、どのような職業で、どういった理由で・・というのはヤボだから聞くこともない。実際の出会いを目的ではなく、SMに関する考え方などを相手にぶつけて話すということで、色々な考え方があるとかを把握している。もちろん実際に会うという目的の女性からの電話も少なからずあると思うが、割り切った気持ちで話すことが現在のツーショットダイヤルのかけ方なのかもしれない。
2011-9-6
SMやアブノーマル嗜好者などで自殺を行ってしまう人は多いと聞く。
実際、SMやアブノーマルを行っている方なら少しは解るかと思うが、SにしてもMにしても、自分に気持ちを向いて行われることならそれは楽しく、感じてしまうが、孤立感、孤独感、劣等感、悲壮感など悪い要素が徐々に積み重なってしまうことが起きたり、異性(相手)との気持ちの距離が離れてしまうほど抑えきれない気持ちとなり自殺という行為に移る。
これはM女性だからとか全く関係ない。倦怠期などは男女でもあるといわれており、自ら異性との関係を断ち切ると思う人はそういったことにはならないが、関係を断ち切ると全く考えていない場合、積み重なっている悪い要素がいっきに爆発していまう。発信する側と受信する側と意思疎通の情報なら、そういった悪いことにはならないが、調教中など異性との関係の中で、発信する側と受信する側の受け止め方が異なることなどが多々ありえる。
「自分の事を一番理解するものは自分以外はいない」と言われている人もいるが、自分の感情だけをそのまま伝えることを避け、噛み砕いた言葉を相手に発信することや、気持ち(心)の悩みや病気は外見からは判断つかない。だからこそ、相手の事や話を聞いて上げ、少しでも理解してあげることが悪い結果を防げることができる。
2011-8-21
性癖や性格で判断し、自分はMに属するという人は多いと思う。またSMといったアブノーマルを興味から学びたいという女性は少なからず居られるかと思う。元をただすと皆同じ感情からSMというものを知るものだと思うが、はっきり言おう。
それはMであっても、真のMではない。
では、S男性から見た真のMとはなんだろうか?
まず、女性側でも男性側でも同じだが、気持ちや体力でベストの状態でパートナーが現れても、長続きはしない。長く続いた人を見たことはない。実際、長く続いている人たちは、出逢った頃は、何かしら気持ちや体力が落ち込んでいたり、私生活や職場、家庭、自分の生き方などで悩みを抱えている人たちが多い。つまり何かしら欠如している時に現れる人が繋がり長く続いてる。
これは一般の友達を作るといったことと全く同じで、人生の中でベストの時に出会う人達などは、自分の良い面ばかりで物事などを判断し付き合うが、悪い局面など起きようなら寄り付かなくなったりすることがある。友達と自分は思っていても、相手はそういう見方はしていなかったということが後で気づくのではないだろうか?
自分がつらい状況や悩んでいる状況、欠如している状況時に、支えてくれる人が「友」であり、複数で支えあってくれるのが「友達」や「親友」である。お金に困っていると例えれば、お金を貸してくれるまたは貰えるという相手は友と思う人がいるが、本当の友というものは、仕事や就職先などお金を稼ぎ出す方法を教えてくれる人ではないだろうか?
SMというものに置き換えれば、性癖や年齢外見だけで寄り付く異性は主でもなんでもなく、自分がつらい状況や悩んでいる状況、欠如している状況時に出逢い、心の隙間を自然体で埋めてくれた人が信頼や信用といったものが生まれ、主と呼べるものではないか。もちろんそこに私生活の地位やプライド、職業、お金というものは全く関係がなくなる。もしそこに発生しようとなれば、主従関係そのものがなくなる。もちろん状況が異なれば別ではあるが。
そういった部分を感じ取り、SはMとみなし、支えたいと思うようになる。そういったことは口などでは安っぽくなるし嘘になることもあるから言わないとおもう。そういった感じかたは今風ではなく、古風な感じではあるが、Mは言葉ではなく、しぐさや態度で異性を感じることができればその時に初めて真のMとなりえるものだと思う。
SMやアブノーマルは、住まい、場所、年齢、外見、家庭環境、職業、地位、お金をもっているかどうかなどは全く関係はない。関係してくるのは、性格を素直に相手に向けれるかどうか次第である。