奴隷の心苦しさ
言葉は知っていても、意味は知らないものである。
SMという行為。アブノーマルという行為を受け、最初は恐怖感や驚きと同時に来る今までと違う高揚と快楽を知り、「SM」「アブノーマル」という意味を知る。
一度ではなく、回を重ねることにより、恐怖感よりも期待感と快楽を多く求める自分に気づき「マゾ」という意味を知る。ただ喜びだけではなく、孤独や孤立感を知りえることもある。
SとMの逢う時間を過ぎると、何も変わらない普段の生活がそこにあるが、その時間は長くとても重々しく感じることもある。出会った経緯、既婚・未婚などは人それぞれだが、普段の生活でも行為を思い出し、自慰の回数が増え、SとMとの関係の時間でもないのに、普段の生活の中で相手の事が気になる。
そして次回の逢うことが胸高まり、まるで子供の時の遠足の前日の気分を感じ、当日の行為に自らの快楽と同時に、相手への快楽を与える行動に移ることにより「奴隷」の意味を知る。
「奴隷」は自らの性癖を開拓により幸せに感じるものだが、孤立感というものは深く感じてしまうものでもある。
周りの変化もなく、何も変わらない時間としても。
奴隷となったものとしては当たり前のこと。ただ、想いが強くなってしまっただけのこと。恋愛と同じ感覚になったり、想いが強くなりすぎると次は「嫉妬心」が出てしまうこともある。
耐えることが奴隷という人もおられるかとは思うが、ここでは耐える必要はないと云いたい。
SMやアブノーマルを楽しまないと時間の無駄になるし集中もできないだろう。まずは、自分らしく生きてみることが優先である。
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